資料のふきだまり:その1

「タレント知事たちの道路建設促進合戦」横田一 『世界』2009.8

橋本知事 対 猪瀬副知事
 石原知事と麻生政権の“落とし子”といえる外環道の格上げは、全国各地の道路建設促進の動きに火をつけることになった。橋下徹大阪府知事はすぐに会見でこう訴えたのだ。
 「(四月二七日の)国幹会議で、新名神高速道路の未着工区間の凍結が解除されず、(外環道など)新規の四路線が位置づけられたことは遺憾だ。首都圏と関西の差がますます開いていく」。
 新名神第二名神高速道路)は、三重県四日市市と神戸市を結ぶ高速道路だ。このうち大津JCT滋賀県大津市)〜城陽JCT京都府城陽市)の二五キロと、八幡JCT京都府八幡市)〜高槻JCT大阪府高槻市)の一〇キロの合計三五キロが凍結区間となっている。
 〇五年の道路公団民営化論議を受けて開かれた国幹会議(〇六年二月七日)で、「主要な周辺ネットワークの供用後における交通状況等を見て、改めて事業の着工について判断することとし、それまでは着工しない」と先送りが決まったためだ。「道路族がほくそ笑んだ」「偽りの民営化」などと酷評された道路公団民営化の数少ない成果が「抜本的見直し区間」とも呼ばれた凍結区間の設定であった。
 しかし橋下知事は、外環道が格上げされるのなら、一足早く整備計画区間になっていた新名神の凍結解除区間は当然と主張し始めたのだ。石原知事の強い要望で整備計画区間の一線を越えたことが、橋下知事を勢いづけたともいえる。
 すでに本誌〇八年一〇月号で、橋下知事が福祉・教育・医療予算を削る一方、道路やダムを推進する本末転倒の姿勢を紹介したが、その本性がここでも現れたといえる。橋下府政のバラマキ体質を府議会で明らかにしてきた堀田文一府議共産党)はこう話す。
 「橋下知事の大型公共事業志向は、今でも健在です。少し前までは府庁移転に熱心でしたが、これが府議会で否決されました。それでも知事は未練を持っていますが、今度は新名神建設推進に力を入れ始めています。いまや大阪府のサイトのトップページで取り組みを紹介するなど、府政の最重要課題の一つに位置づけ、自ら精力的に動いています」。
 六府県二政令市で組織する「新名神高速道路建設促進協議会」会長の橋下知事は四月二十日、滋賀県嘉田由紀子知事、京都府山田啓二知事らとともに国土交通省を訪れ、「国の中心を貫く道路が名古屋と大阪の間だけ一本しかなく、人、モノが流れない」などと要望、新名神の凍結区間解除を求めた。しかし金子国交相は「交通需要をみる必要がある」と慎重な姿勢を崩さなかった。
 また同日に開かれた新名神の建設促進を求める国会議員連盟総会で橋下知事は、「猪瀬さんと戦う」と“宣戦布告”し、翌二一日には、府都市整備部の技監や交通道路室道路整備課長ら四人の職員を派遣し、説得に当たらせた。道路公団民営化推進委員の委員として新名神の凍結決定に関わった猪瀬副知事の理解を得られれば、新名神に対する国交省の見方も変わると睨んだのである。
 だが、猪瀬副知事は、「説明は受けたが、前知事時代から大阪府は『つくれつくれ』と言ってきた。今回も同じ話の繰り返し」として、新名神の凍結区間解除に否定的な見方を変えなかった。「(既存の)京滋バイパスが実質的な第二名神として機能している。三本目となる『新名神』を作る必要性はほとんどない」というのが理由だった。
 猪瀬副知事は三年前の〇六年四月に新名神予定地周辺の高速道路を走行した体験を「凍結が妥当」の根拠にしていた(『日経BP』四月二八日号)。三年たってもその状況に大きな違いがあるとは思えなかったが、念のため、ETC車の一〇〇〇円値下げ効果が出る日曜日に、同じ主要走行ポイントをたどってみた。
 まずは、かつては「渋滞の名所」として有名だった名神高速道路の天王山トンネルに向かった。新名神建設の理由にされることがあるのだが、すでに車線が追加されて上下八車線になっており、車は非常にスムーズに走行していた。
 次に、既存の名神高速道路と京滋バイパスの分岐点になっている大山崎JCTから、実質的な第二名神の役割をしている京滋バイパスを走ったが、ここも渋滞はしていなかった。
 先の記事で猪瀬副知事は、来年三月に京滋バイパスから枝分かれする第二京阪(上下六車線)が開通し、“第二名神”のネットワークがさらにスムーズになると指摘していた。地元住民や地方議員も「その通りです。橋下知事より猪瀬副知事の方が説得力がある」と話していた。
 こうした反論に対して橋下知事は、「京滋バイパスは国土を貫く大動脈なのか。あくまでバイパスであり、(新名神整備は)地元の願いだ」と訴えている。しかし黒田まさ子府議共産党)は首を傾げた。「京滋バイパスは大動脈にならないと橋下知事は言いますが、普通の高速道路と何ら変わりはありません。既存の名神高速道路の渋滞区間とされている大山崎・高槻間は片側四車線になり、解決されています。また、(もう一つの凍結区間の)草津・大津間も恒常的な渋滞は発生していません。それでも不足というのなら、さらに車線を増やすことで対応できるのではありませんか」。
 新名神の予定地は枚方市など住宅密集地を通ることになっているが、大阪と名古屋間を「大動脈」にするための代替案は他にもあるということだ。
 道路予定地周辺の住民に聞いてみると、建設願望とは正反対の声を耳にした。
 「すぐ近くに『八幡東インターチェンジ』があり、新名神ができても便利になるわけではない。むしろ地元住民が求めているのは、淀川に橋を新たに作るなど、生活道路の渋滞解消対策です。橋下知事新名神を推進する理由は全くわかりません」(枚方市民)。
 「新名神の通るのはトラックが多いと予測されています。周辺地域が排気ガスに晒され、住環境が悪化するのは確実です。特に心配なのが、学校のすぐ近くを新名神が通ること。プール実習の日には子どもたちが排気ガスや粉塵を浴びることになりかねません」(別の枚方市民)。